今の楽しみ
私の趣味のひとつは、スポーツ観戦です
スポーツ全般、観るのが専門ですが大好きです。
今まさに、冬季オリンピックが開催中。
テレビをつけると、
どの競技も、どの選手も、
本気で、必死で、全力で。
気づけば、
テレビの前から動けなくなっている自分がいます。
忙しかった頃は、ゆっくり観る余裕もなかった
子育て真っ最中の頃は、
正直、スポーツ観戦どころではありませんでした。
テレビはついていても、
ゆっくり腰を据えて観る余裕なんてなくて、
洗濯、食事の準備、子どもの用事で、
気づけば試合は終わっている。
「いい場面を見逃した…」
そんなことばかり。
今思えば、
“観たい”という気持ちすら、
どこかに置き去りにしていた気がします。
いまは、ちゃんと「観る時間」を楽しめる
子育てがひと段落して、
自分の時間が少しずつ戻ってきた今。
テレビの前に座って、
一競技を最初から最後まで観る。
ただそれだけのことが、
なんだかとても贅沢に感じます。
冬季オリンピックの選手たちを見ていると、
年齢も、環境も、
それぞれ違う人生を背負って、
この舞台に立っているんだなと思います。
全力で挑戦する姿は、年齢関係なく心を動かす
メダルを取る人もいれば、
悔し涙を流す人もいる。
結果はそれぞれ違っても、
全力で挑戦している姿は、
年齢に関係なく、
胸にグッとくるものがあります。
50代になった今、
若い選手たちの姿を見ていると、
「私も、もう一度何かに挑戦してみようかな」
そんな気持ちが自然と湧いてきます。
誰かの挑戦は、自分の背中もそっと押してくれる
オリンピックは、
ただのスポーツイベントではなくて、
“人の人生の一瞬”を見せてもらっているような気がします。
うまくいく日もあれば、
うまくいかない日もある。
それでも舞台に立ち続ける姿は、
自分の人生とも重なります。
「もう50代だし」
そうやって何かを諦める理由は、
本当はどこにもないのかもしれません。
母を卒業して、私を始める時間
子ども中心だった生活が落ち着いた今、
こうしてスポーツ観戦をゆっくり楽しめる時間も、
私にとっては大切な“私の時間”です。
特に好きなのは、
息子がやっていたサッカーと野球。
ルールを覚えたのも、
応援の仕方を覚えたのも、
全部、子どもたちのおかげでした。
最初は正直、
よくわからないまま観ていました。
寒い日も、暑い日も、
「今日もか…」と思いながらグラウンドに立っていたこともあります。
でも気づけば、
ゴールが決まれば一緒に喜び、
エラーすれば胸がギュッと苦しくなる。
いつの間にか、
本気で応援する“母”になっていました。
高校時代の試合は、今でも忘れられない
特に印象に残っているのは、
高校時代の試合です。
高校野球も、高校サッカーも、
あの独特の空気がありますよね。
勝てば次がある。
負けたら終わり。
観ているこちらも、
毎回が「これで最後かもしれない」という気持ちで、
胸が締めつけられるような思いでした。
ユニフォーム姿でグラウンドに立つ背中を見ながら、
「大きくなったなあ」と思う一方で、
この時間が終わってしまうことへの寂しさも感じていました。
いまは“母の視点”から“一人の観客の視点”へ
子どもたちが成長し、
部活の応援に行くこともなくなった今。
スポーツ観戦の楽しみ方も、
少し変わりました。
以前は
「ケガしないでほしい」
「悔いのないように頑張ってほしい」
そんな“母の視点”で見ていました。
いまは、
どの選手に対しても、
「よくここまで頑張ってきたな」
「この一瞬のために、どれだけ積み重ねてきたんだろう」
そんな“ひとりの観客”として、
純粋に応援できるようになりました。
誰かの本気は、心を動かす
スポーツを観ていると、
結果以上に、
その過程に心を動かされます。
勝っても、負けても、
その一瞬に向けて積み重ねてきた時間は、
きっと本人にしかわからないほど重たい。
50代になった今、
あの全力の姿を見るたびに思います。
「私も、自分の人生を
ちゃんと全力で生きているだろうか」と。
母を卒業しても、あの時間は私の宝物
寒いグラウンドでの応援も、
炎天下での試合観戦も、
今となっては、すべてが懐かしくて、
大切な思い出です。
母として、
必死で追いかけていたあの時間があったから、
いま、スポーツ観戦を“自分の楽しみ”として味わえる。
母を卒業して、
私を始める。
その中に、
スポーツ観戦という楽しみが残ってくれたことが、
なんだか嬉しいのです。誰かの挑戦を見て、
心が動く。
その感情を味わえる余裕ができたこと自体が、
ひとつの成長なのかもしれません。
母を卒業して、
私を始める。
この時間もまた、
その一部です。
|50代からの趣味は「心が動くもの」でいい
趣味は、
上手じゃなくてもいい。
役に立たなくてもいい。
ただ、
心が動くこと。
それだけで十分。
冬季オリンピックを観ながら、
「私も、私の人生をちゃんと生きよう」
そんなことを、静かに思いました。



